2025年 07月 01日
態変 アーカイブ舞台映像上映会 #8 |
5月31日、メタモルホールにて8回目となる、態変 アーカイブ舞台映像上映会が行なわれた。今回の上映作品は『ファン・ウンド潜伏期』。映像上映後には現パフォーマー2名によるパフォーマンスも企画された。
『ファン・ウンド潜伏期』は、2009年に大阪で初演、2011年には、韓国で募集した障碍者エキストラと共に、ソウル・そしてウンドの生誕地である固城(コソン)とツアー公演を行ない、大好評のため同年9月にソウル・南山国楽堂で再演を行なった作品である。その中の、再演公演が上映された。
韓国公演『ファン・ウンド潜伏期』では、パフォーマーだけでなく、健常者裏方スタッフである黒子も現地で募集したらしい。ただの裏方スタッフでもなく、障碍者を介護する介護者でもない存在。表にはほぼ出ないけれども、舞台には大きな影響力を持つ存在。そんな「黒子」を現地で募集し、高校生らがそれに応じ、公演をやってのけたことは、本当に凄い。態変の作品を語るのに、黒子に焦点を当てるのは違うかもしれないが、この公演では焦点を当ててもいいのではないかとも思ってしまうほど。
エキストラとして障碍者、黒子として健常者を巻き込んだこの韓国公演では、プロの国際芸術家による古典民族の踊りと生演奏も盛り込まれている。健常者も舞台に上がることで、より、障碍者の身体を魅せつけられた。制御から逸脱した不自由な身体を、制御して自由にして、その個々人でしかできないやり方で魅せていく。身体障碍者であるからなされる身体表現があることを改めて感じた。
上映後のパフォーマンスでは、自分は音響をやることになり、この日のパフォーマンスのための稽古にも参加した。本番ではパフォーマー2名から緊張と自分を魅せる自信がひしひしと伝わってきた。思えばこのパフォーマンスは、黒子になってから、媒体を介さない、自分の目で真正面から見た最初のものだったように思う。表に出て真正面からパフォーマーを見つめることがあまりできない黒子としては、新鮮な表情、表現だった。
態変の芸術ってどこまで行っても矛盾している。制御から逸脱した身体を脳・頭で考えずに制御しつつ、自由に、決められた時間や空間の中で表現をする。身体障碍者でもできる表現ではなく、身体障碍者であるからなされる表現を、身体障碍を持った身体でやる。態変のパフォーマンスの意義・おもしろさって、ここにある。黒子として大切なことを再認識した気がした。
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by taihen_imaju
| 2025-07-01 12:04









